act1.久々知・鉢屋
授業のあと、木下先生から一人補習を言い渡されて残っていたら遅くなってしまった。
最近確かにぼんやりしていることが多い。それは自分でも思う。
今日もあてられていたのにまったく気が付かなくて、すっかり木下先生の機嫌を損ねてしまった。
ろ組の教室の前を通ったとき、こんな時間にいないとは思いつつも、いつものくせで覗いてしまう。
目線は迷うことなく窓側の一番後ろの席に自然といく。
そこには目的の人物はいなかったが、すぐ前の席にふんわりとした茶色みがかった髪の毛が見えて、兵助はぱっと笑顔になった。
最近の悩ましい原因の大元―。
気づいたら三郎のことを好きになっていた。
男同士だとか同級生だとかそんなことは気にはならなかったが、ふと昔勘右衛門が言ってたことを思い出した。
「兵助はほんとにさ真面目だから、いつか正反対な人が現れたら惹かれちゃうかもね」
気をつけなよ、と心配する勘右衛門に、そのときはそんなことないよと返したけれども。
三郎の奔放なところや茶目っけたっぷりなところを見ていくうちに自然と心奪われていた。
「さぶろ―…」
兵助は声をかけようとしたが、三郎の身体が不自然に揺れていて思い留まった。
「くっ…はぁっ…ぁ…っ」
机に顔をうつ伏せて三郎が熱い吐息を零す。
一瞬具合が悪いのかと思ったが、すぐに心配は希有に変わった。
「はぁッ、あっ…んんっ…」
くぐもった声を漏らしながら辛そうに三郎が眉間に皺を寄せる。
机の下から見える三郎の手は確かに自身をさすっていて、兵助は息を飲んだ。
「三郎…」
三郎の感じている顔を目の当たりにして、自分の下肢が疼く。
見てはいけないと思いつつも、兵助は三郎の痴態に目を反らすこともできず、その場でじっと自慰に没頭する三郎を凝視した。
「ああっ、あっ…らい…ぞッ…」
「…ッ…」
三郎の口から一番聞きたくない単語が紡がれる。
三郎が雷蔵を好きなことはあからさまであり、分かっていたことだけれども、改めて真実を突き付けられるとショックで頭がぐらぐらと揺れた。
ガタンと拍子に扉に手を付いてしまい、兵助はしまったと思ったが既に遅かった。
「…そこにいるの誰だよ」
「……」
三郎に投げ掛けられて兵助はゆっくりと扉を開ける。
少し上気した顔の三郎がいて、どきりと胸が高鳴った。
「…なんだ兵助か」
「なんだ、って…何…やってるんだよ…」
声が震えているかもしれない。
動揺しているのを悟られないように、平常心を装いながら兵助は問いかけた。
「見て分からないのか?」
三郎は兵助に見せつけるようにすっかり蜜を垂れ流している性器を目前に晒す。
卑猥すぎる姿に兵助は一気に身体中が朱に染まった。
「…ッ!!」
「ああ、真面目な優等生には刺激が強かったか」
「ッうるさいっ」
小馬鹿してくる三郎を肩を掴むと、兵助はそのまま畳に押し倒す。
「なに、私とやるの?しかも兵助が上?」
三郎は慌てることなく挑発的な顔で返してくる。
明らかに自分を見下している態度に、兵助は苛立ちをぶつけるように口付けた。
「んんッ、んっ…んぅッ…」
「っん…ん…ッ」
「っはぁ…ッ、どうしたそれで終わりかよ?」
「ッ…黙れよ」
煽ってくる三郎に乗せられていると分かっていながら、兵助は三郎の腰紐を解く。
こんな投げやりになって三郎を抱いても何も変わらない。
いっそう想いが募って苦しくなるだけだ。
そんなの分かっているけれど―。
三郎が少しでも自分を見るようになってくれればいい、そんな淡い期待を持ってしまった。
act1.了
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