act4.斉藤・久々知
「―くん、兵助くんってば」
「あ…ご、ごめん何タカ丸さん」
「もう兵助くん、さっきから上の空なんだから」
「ごめん…」
火薬の在庫表をぎゅっと握り締めて兵助が申し訳なさそうに俯く。
たかが色恋沙汰で気が乱れるなど、忍者失格である。
そう自覚しているのに、それでも割り切れない自分がいて、いっそう兵助を自己嫌悪に陥らせていた。
「兵助くんが元気ないと心配だよ」
「…迷惑かけてごめん」
「迷惑なんかじゃないけど、大好きな兵助くんにはいつも笑顔でいて欲しいよ」
「…うん…」
ありがとう、と兵助が俯いてた顔を上げて、疲れた表情のなかでも笑みをつくる。
(もう、この子本当に鈍いんだから)
いくら頭が良くて何でもそつなくこなす先輩でも、こういうところばかりは年下だなぁと思う。
街でお姉様方と恋の駆け引きをすることも多かったタカ丸にとって、兵助の恋愛に対する疎さはたまに苛つかせた。
(まぁそういうところが可愛くもあるんだけど)
色々教え込んで自分色に染める楽しみがあるし…、とおっさん地味たことを思ってしてしまい、タカ丸は緩んだ口端を引き締めた。
弱ってる今なんて。またとないチャンスだよ―。
「兵助くん今告白したんだけど」
「え?」
「だから兵助くんが好きです」
「え…あ、えぇ!?タ、タカ丸さんなに言って…」
「結構前からちょくちょく言ってたけど」
「えっ、あ、あの…」
突然のタカ丸からの告白に、兵助はどう対応して良いか分からず視線を泳がす。
こういうことには慣れていなくて、顔を赤くしたり青くしたり困惑した。
タカ丸は動揺する兵助もすべて分かっているというように言葉を続けた。
「そんなに困った顔しないでよ」
「あ…」
「兵助くんは鉢屋くんが好きだよね」
「な…んで…」
「見てれば分かるよ。兵助くん思ってる以上に顔に出てるよ」
「…っ…」
「でもね、それでもいいんだ。僕は兵助くんが好きだから、振り向いてくれるまで待つよ」
「…タカ丸さん…」
「兵助くんの不器用なところも全部含めて好きなんだ。ただ兵助くんも少しは僕のこと気にしてくれると嬉しいな」
「……」
「ごめんね突然変なこと言って」
「い、いや…」
「早く在庫数えちゃお」
何事もなかったようにタカ丸が作業へと戻る。
いつもはのほほんとしているタカ丸が急に凛とした顔で告げてきて、かける言葉が見つからない兵助に、焔硝蔵には黙々と筆を滑らす音だけが響いた。
タカ丸に想いを告げられてからというものの、更に調子が狂わされた気がする。
三郎のこともまだ気持ちの整理ができていないのに、頭がぐちゃぐちゃになっていた。
色恋が忍者の三禁の一つにいわれているだけはある。
手付かずなことが多くて、このままでは自分を見失ってしまいそうだ。
できる限り考えないようにしようと、兵助はタカ丸と会わないよう努めた。
委員会の当番は自分一人で行い、食事や入浴も四年生がいそうな時間帯は避ける。
我ながら子供じみているが、それでも気が乱されるよりはましだった。
それなのに、どうしてこうも平穏ではいさせてくれないのだろう。
兵助が一人焔硝蔵で片づけをしていると、派手な金髪がやってきた。
「兵助くんいる?」
「タカ…丸…さん…」
「最近兵助くん一人で火薬委員会の仕事してるよね?土井先生から手伝ってくるように言われてさ」
「……」
「頼りないかもしれないけど、これでも兵助くんの力になれることだってあるよ。僕たちのことも少しは頼って欲しいな」
「…ごめん」
「別に謝ることじゃないよ。でも兵助くんはいつも一人で背負いこみすぎ。そんなんじゃすぐに老けちゃうんだから」
「…タカ丸さんがお気楽すぎるんだよ」
「えーそんなことないよ」
段々と今まで通りのやり取りになってきて、兵助は少しほっとする。
「さてと、この甕たちを運べばいいのかな?」
「あ、ああ。そっちの棚に移して」
「分かった」
時折世間話を絡ませながら、兵助とタカ丸は新しく入ってきた甕を棚へとしまう。
二人でやると当然作業も早く、あっという間に今日の仕事は終わりそうだった。
最後の甕へと兵助が手を伸ばす。
「っ…!」
同じく手を伸ばしたタカ丸と手が触れて、パッと素早く兵助は手を引っ込めた。
胸の前で触れ合った部分を握り締める。
動揺を悟られないように、兵助は後ろを向いた。
「わ、悪い…」
「兵助くん」
「な、なに?」
タカ丸は距離を置こうとする兵助に構わず、後ろからゆっくりと抱き締める。
華奢な身体はすっぽりとタカ丸の腕の中に治まった。
「少しは意識してくれてるの?」
「な、なにが?」
「僕のこと」
タカ丸は兵助のうなじに口唇を寄せると軽く吸い付く。
甘噛みされたところから痺れが伝わって、びくんと兵助は身体を跳ねさせた。
「んっ…タカ丸さ…」
「嫌なら抵抗して」
ごそごそとタカ丸の手が兵助の装束の中に入り、胸の突起を探りあてる。
小さく付いている突起をつかみとり、指の腹で捏ねるように擦り合わせた。
「ふぁっ…やあ…っ、あっ…はぁ…ッ」
タカ丸に触られているところからむず痒さが広がっていく。
男なのにそんなところを摘まれて気持ち良いと思ってしまうなんて本当に調子がおかしいのかもしれない。
自分の口から色めいた声が出るなんて信じられなかった。
「ねぇ兵助くん、すっごい熱くなってる…気持ち良かった?」
タカ丸が片方の手を兵助の下肢に這わせると、布の上からでも分かるほど熱く膨らみをもっていた。
後輩の愛撫で感じて勃たせてしまったなど浅ましさに耐えられなくて、兵助は目を瞑って小さく震える。
「んッん…っ、やだぁっ言わないで…ッ」
タカ丸は袴の隙間から手を差し込んで、すっかり勃ち上がった兵助の性器を掴みとる。
先走りが糸を引いて、くちゅと濡れた音を響かせた。
「ああッ、やぁっ、あっ…あぁ…ッ!!」
拙い自慰しかしたことがなかった兵助は、激しく手を動かされて、引き起こされる強い快感に流されそうだった。
がくがくと震える足では上手く立っていられず、タカ丸に体重を預ける。
タカ丸は兵助を支えながら、なおも兵助を追いつめていった。
「やだぁっ、あぅッ、も…おかしくなるっ…」
「もっとおかしくなってよ。兵助くんが乱れるところ見たい」
「い…やだっ!!」
情欲で掠れた声で告げられた言葉に、兵助ははっと我に返る。
力の入らない手でタカ丸を突き離し、くずれた装束を押さえながらタカ丸と向き合った。
「これ以上かき乱すなッ…!!」
はぁはぁと気を昂ぶらせて、兵助がタカ丸を睨み上げる。
タカ丸は困り笑顔で兵助を見ると、部屋の脇に置いてある丸太の上に腰掛けた。
「ねぇ兵助くん。平静さを斯くってそんなにいけないこと?」
「忍者が感情で左右されるなんて致命的だ」
「そう思ってても実際はもってしまうじゃない。忍者だって機械じゃなくて人間なんだよ」
「……」
「僕ね、思うんだ。感情をもたないのが一流の忍者じゃなくて、感情をコントロールできるのが一流の忍者じゃないかって。それは色んな人との出会いだったり、色んな経験だったり、そういうのの積み重ねで培っていくんだ。忍術学園っていう学園で皆と共存していて、いまはそれを養う期間なんだよ。
だからもっと感じるままに身を任せてもいいんじゃないかな。始めから抑え込んでいたらいつかは爆発しちゃうし、何の成長もできないままだよ」
「……」
「いま兵助くんは自分の気持ちを押し込めるんじゃなくて、真摯に受け止めるときなんだよ」
「…どう…すれば…」
「もっと素直になればいいんだよ。兵助くんは色々考えすぎです」
「……無理」
「兵助くんらしいや」
くすりとタカ丸が笑う。
(今までだってそうやってきたんだ。すぐに変えられるわけないじゃないか)
タカ丸さんとは性格も価値観もなにもかも違い過ぎる。
育ってきた環境が違うせいもあるのかもしれない。
能天気さに苛々することだってある。
それなのに話す度に引き摺りこまれるのは何故だろう。
勘ちゃんが昔言っていた言葉をまた思い出した。
act4.了
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