気づいたら皆前に進んでいて、僕だけ止まったまま。
そんなのよくあることだ。
深く考えすぎてしまうのも、すぐに頭の切り替えができないのも、すべて自分の弱さのせい。
どんな道が来ても突き進んで行けるだけの自信がないんだ。
今だって自分で選んだことなのに戸惑って立ち止まってる。
こんなにも引きずっていて、いつだってまっすぐな竹谷にはまた笑われるかもね。
act5.尾浜・不破
一人考えたいことがあって雷蔵は図書室から少し離れたところでぼんやりと空や木々を眺めていた。
中在家先輩に教えてもらったこの場所は、静かなのに不思議と暖かみがあって心が落ち着いた。
悩んだり嫌なことがあったりするときはいつも此処にくる。
何かと一緒に付いてくる三郎も、変に配慮してくれているのか、ここだけは何故かくることがなかった。
雷蔵が考えにふけっていると、長屋の方から足音が聞こえくる。
目線をそっちの方へやれば、同じ色の装束を着た学友が長い髪を揺らしながらやってきた。
「勘ちゃん」
「雷蔵、ここにいるんじゃないかって言われて」
「中在家先輩?」
「ううん三郎」
「…そう」
「隣り座ってもいいかな」
「もちろん」
「ありがとう。学園内にこんなところあったんだね」
「うん、ここ好きなんだ」
「なんだか落ち着くね」
「でしょ?」
普段は騒がしい学園の喧騒も聞こえない。
木々が風に揺られてサワサワと音がした。
自然に包まれるような、同じ園内でも非日常的な空間。
しばらく雷蔵と一緒にぼんやりしていた勘右衛門だったが、意を決して話を切り出した。
「…雷蔵、こないだは本当にごめん」
「ううん」
静かに雷蔵が首を振る。
「僕も竹谷に気持ち伝えられないの、勘ちゃんのせいにしてごめん。自分の勇気がなかっただけなのに…」
ほんとこの迷い癖嫌になるよね、と自傷気味に雷蔵が苦笑する。
「そんなのおれだってそうだよ」
兵助には結局言えずじまい。
同じクラスで同じ部屋、言う機会はいくらでもあった筈なのに想いは秘めたまま終わりを迎えてしまった。
「でも兵助からタカ丸さんと付き合うって聞いたとき、ああそうなんだって。兵助が幸せならそれでいいかって意外とすんなり思えたんだ」
「勘ちゃんは強いね」
僕は駄目みたい。
親友と好きな人が自分から離れていってしまった気がして、やりきれない想いでいっぱいだった。
「言わない方が良かったって後悔してる?」
「…分からない…、けど…」
どの道こうなった気がする。そう感じているのに、実際はまだ割り切れてない。
心のどこかでもっと別の選択肢があったんじゃないかって探している。
結果が出た後でも混迷してるなんて愚かしいことこの上ない。
そんなの今更見つけたところで手遅れなのに。
「わ、わっ、雷蔵?!」
「…っ…あれ…」
自分でも気づかぬうちに涙が自然と出てくる。
突然泣き出した雷蔵に、勘右衛門が慌てふためいた。
「ご、ごめん…なんか急に…」
雷蔵は手の甲で拭ってなぎ払おうようとするが、涙はぼろぼろ零れて頬を伝う。
そういえばまだ一度も泣いていない。
抑えていたものが一気に込み上がってきた。
「…ッ…」
友達の前でなんて泣きたくなかったけど、止まらないものは仕方がない。
次々と溢れかえる涙に雷蔵は嗚咽をこらえた。
「………」
「っ…んッ!?!」
途端、口唇に柔らかい感触を感じて雷蔵が目を見開く。
勘右衛門の顔が近くにあって、口づけされたと気がついた。
「んっ、んぅッ…、かっ勘ちゃん!?」
「ん?」
何でもないことのように、勘右衛門が口端から垂れた唾液を舌で舐めとる。
「と、突然なにを…」
「泣きやむおまじないだよ」
「おまじないって…」
「昔兵助にもよくやってたなー」
懐かしいな、と勘右衛門が微笑む。
確かにびっくりして涙は止まったけれども、雷蔵はあんぐりと口をあけた。
「兵助なにも言わなかったの?!」
「うん」
い組の天然っぷりは今に始まったことではないが、相変わらず驚かされることが多い。
頭は良いのに一本ズレているというかなんというか、理解できないところが多々あった。
「あはは、あはははは」
「何笑ってるの?」
「ううん、ちょっとね」
なんでもないことだけれど、無性に元気がでてくる。
雷蔵は涙のあとをゴシゴシと強めに装束で拭った。
「雷蔵が笑ってるところ久々に見たな」
「そうかな?」
「そうだよ。心配してたんだからね」
「ふふ、ありがとう」
そういえば久しく笑ってなかったかもしれない。
こんなにも悩んでいたのに、思い切り笑ったらなんだかどうでもよくなってきた気がする。
ほんと大雑把でゲンキンな性格してるよな、なんて我ながら思うけれど。
「そんなことあったなぁ」
「懐かしいね」
一つの布団の上でごろごろしながら、勘右衛門と雷蔵は昔話に花を咲かせていた。
ちょうど今日街で髪結いをしているタカ丸を見かけて、甘酸っぱいことを思い出したのだ。
「みんなそれぞれ片想いしてたなんて変な感じするね」
「でもそういうのがあって今があるんだからいいんじゃないかな」
「うん」
あの頃好きだと思っていた気持ちに偽りはないけれども、新たに芽生えた気持ちはもっと強くて揺るがない想い。
「ね、雷蔵。今の任務終わったら一緒に暮らそっか」
「…!」
さらりと勘右衛門に言われて、雷蔵は目をぱちくりさせた。
忍術学園を卒業して皆別々の道へ進んだけれど、こうして勘右衛門とは今だに続いている。
お互いいつ傍に居られなくなるかも分からない仕事。
それでも勘右衛門といると不思議と安心感があった。
自分の一歩を一緒に踏み出してくれる、そんな感じの。
「雷蔵…また迷ってる?」
即答で了承してもらえると思っていた勘右衛門は、返事がない雷蔵を少し不安そうに覗きこむ。
迷ってないよ。
だって勘ちゃんとならこの先何が起きようとも、やっていける気がするんだ。
とびきりの笑顔で雷蔵は勘右衛門に抱きついて、耳元で囁いた。
「勘ちゃん大好きだよ」
act.5 了
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